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長崎家庭裁判所 昭和59年(少)770号 決定 1984年6月19日

少年 T・R(昭四五・四・二一生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

長崎保護観察所長は、少年の環境調整に関し、次の措置を執ること。

一  少年の父親に少年院への面会、文通等によつて少年との意思の疎通を図るとともに、その借財を早期に返済させ仮退院後の少年の受入態勢を整えるよう指導すること。

二  少年が仮退院後復学すべき中学校に対し、その受入態勢を整えるよう指導すること。

理由

(非行事実)

少年は、昭和五八年七月二九日から教護院開成学園に入園し、現在同学園中学二年生として在学中の者であるが、それまでも何回か同学園からの無断外出を繰り返していたところ、中学二年生進級後の昭和五九年四月五日から同月七日、同月一九日から同年五月一四日、同月一五日から同月二〇日、同月二三日から同月二四日とたて続けに無断外出を敢行し、右いずれの無断外出の際も、現在のところ犯罪の証明はないものの、窃盗、詐欺同様の行為を重ねているものであつて、保護者の正当な監護に服さず、自己の徳性を害する行為をする性癖を有し、このまま放置すれば、将来、窃盗、詐欺等の犯罪を犯すおそれのあるものである。

(法令の適用)

少年法三条一項三号イ、ニ

(処遇の理由)

一  少年の父母は、少年の幼少時より夫婦仲が悪く、けんかが絶えなかつたが、昭和四八年に離婚した後、昭和五〇年に復縁したものの、母が借財を重ねる一方、父も暴力を振るうなどしたため、結局、昭和五七年八月に協議離婚するところとなつた。少年は、幼少時から小学校時代まで右のとおりの夫婦げんかの絶えない家庭で育ち、右離婚後は、母に引き取られたが、母の養育態度も放任気味であつたためか、右のころから食物や金を盗んでその空腹を満たすようなこともあつた。その後、母には情夫ができ、昭和五八年三月、母は、少年とその妹を母方祖母宅(愛知県半田市)に置き去りにして、右情夫と共に出奔し、その所在をくらました。少年らは、一か月弱の間、母方祖母宅にて生活したが、ここでも親身の監護を受けられないまま、同年三月末に父の許に帰されたが、父が借金をかかえていたことや父方祖父母が病弱であつたため、父らは、養育困難として、児童相談所に少年らの施設入所に関する相談を持ちかけるとともに、右手続のため、当裁判所に親権者変更(離婚時に親権者は母と定められていた。)の申立を行つた。その間、少年は、長崎市立○○中学校に入学し、一年生の一学期終盤までを生活した後、同年七月一二日から施設入所を前提とする児童相談所の一時保護が開始されたが、少年は、右相談所内での酒盛、数回の無断外出、物品窃取等があつたため、同月二九日教護院開成学園に入所するところとなつた。少年は、右入所当初こそ何回かの無断外出を行うなど不安定な状態であつたが、同年九月中旬以降より無断外出することもなく、比較的落ち着いた生活を送り、昭和五九年三月までを過ごした。しかし、同年四月以降は、(非行事実)記載のとおり、在園中の友人と共にたて続けに無断外出を敢行し、その間に、少年の供述によれば、自動車盗、バイク盗、車上狙い、学校荒し等二〇件以上の窃盗事件(未送致)を繰り返していたものである。

二  前述のとおり、少年の母は、少年らを置き去りにして出奔したまま現在も行方不明であり、他方、少年の父も落ち着いたら少年を引き取つて一緒に生活したい旨を言うものの、少年が教護院に入院した経過から明らかなように、現時点で少年に対する監護能力及びその意思があるとは思えない。

三  本件は、少年が中学二年進級時には教護院を出て、父の許に帰れるものとの期待を有していたところ、それがかなわなかつたため、教護院に対する激しい反発とも相俟つて、繰り返された教護院からの無断外出とその間のぐ犯行状である。

ところで、少年は、両親の絶え間ない夫婦げんかと離婚、復縁、離婚と揺れ続けた極めて不安定な家庭に身を置き、ついには父母双方から見捨てられた形で教護院に入所せざるをえなかつたのであるが、少年は、かかる生活の中で規範意識も十分に学習しえないまま非行性を獲得し、教護院入所についても最後までその意義を見い出せずに無断外出を繰り返した。もつとも、父母双方の身勝手から、最終的には両親から捨てられた形で教護院に入所した少年が、大人に対する激しい不信感を抱き、その真情に接することもできずに、右述のような非行を繰り返し、かかる非行について真に罪障感をもてないとしても、このことをもつて、直ちに少年のみを責めるのは不合理といわなければならない。

しかし、かかる生育史の中で少年が獲得した非行性は、それだけに根の深いものがあるといわざるをえず、このことに前述のような少年の家庭環境、その年齢、そして教護院に対する激しい反発を併せ考えれば、本件は、少年を少年院に送致するほかない事案というべきである。そして、収容教育によつて、現在まで満たされたことのない少年の未熟な依存心のより処を仮にでも与え、早期にその心情の安定を図るとともに、規範意識を涵養するのが相当と思料する。

なお、少年は、父親に対して反発心を有し、父親も現在のところ借財等によつて少年の監護養育をしうる状況にはないが、少年の仮退院後の帰住先としては父親方しかないと思われるところ、少年の年齢を考慮すれば、その更生のためには、少年が右反発心と裏腹に有する父親に対する未熟な依存心をてことして、早期から父子間の心的交流を図り、更に仮退院後の家庭環境の整備、復学に関する環境調整が是非とも必要と思料されるので、併せて保護観察所長に対し、右環境調整の措置を命ずるものである。

四  よつて、少年法二四条一項三号、同条二項、少年審判規則三七条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 田川直之)

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